おっさん(2)金山のおっちゃん

金山のおっちゃんは単独来訪はほとんどなく、たいてい相楽のおっちゃんとセットでやって来た。大人になって「バーター」という言葉を覚えたとき真っ先に浮かんだのがこのおっちゃんだった。

『行儀は悪いが天気は良い』(著:加納愛子/新潮社)

金山のおっちゃんも「飲み屋で会うた」のカテゴリーだったが、相楽のおっちゃんのようないかがわしさはなく、ロマンスグレーの髪に顔もハンサムで好感が持てた。何より、いくら酒に酔ってもずっと姿勢が良かった。

相楽のおっちゃんが芸能人の美醜についてあーだこーだ言っていると鬱陶しかったが、金山のおっちゃんが同じようなことを言っても「それにしても姿勢ええなあ」と思った。姿勢は人の印象を大きく左右するらしい。家族の有無も職業も知らなかったが、あんなに姿勢が良い人は、きっと立派な仕事をしている素敵なおじさんなんだろうなあと想像していた。

ある夜、玄関の外から「お〜い」という聞き慣れた声が聞こえた。親父と兄ちゃんと外に出て行ってみると、金山のおっちゃんがうちの前に移動式屋台を引っ張って来ていた。

家の前の狭い道にドーンとあらわれたボロボロの乗り物の中で、金山のおっちゃんが「ラーメン屋始めて〜ん!! ええやろ〜! イエ〜イ!!」とはしゃいでいた。兄ちゃんは「おっちゃんすげ〜! 俺も乗せて〜!」と目を輝かせていた。

親父は「こんな路地まで持ってくんなや!」と笑っていた。遅れて出てきたおかんは「アホちゃうか」と言い捨て、すぐに家の中に戻っていった。私もテンションは上がったが、内心「やばい人やったやばい人やったやばい人やった」という思いがぐるぐる駆け巡っていた。姿勢の良さはなんの判断基準にもならないのだと気づいた。