おっさん(3)松井のおっちゃん
松井のおっちゃんはおかんの勤め先である酒屋の息子で、うちに来るたびにおかんに怒られていた。飛び出たお腹に、万年赤ら顔。朝でも昼でも酒の匂いをプンプンさせていた。見るからにだらしない生活を送っていそうな松井のおっちゃんに、おかんは「店の手伝いもせんとほんまに」とか「どこほっつき歩いてんねん」と呆れていたが、子どもの私にはとても優しかった。
会うたびに「これでジュース買い〜な」とお小遣いをくれた。それが1000円でも3000円でも必ず「ジュース買い〜な」と言ったので、多分アホなんやろうなと思っていた。それでもおっちゃんが好きだったから、お金を受け取った私は喉が渇いていなくても必ず1本はジュースを買った。
松井のおっちゃんはうちでお酒を飲んでいると必ずぐでんぐでんになる。そして誰かが喋っている途中で帰る。どのタイミングで帰ってんねん、といつも気持ち悪かった。顔つきも、来たときは笑顔なのに、比べものにならないほど無表情になる。
なんで人の家に来といて最後そんな顔なんねん、と思った。松井のおっちゃんは多分、肉体よりも魂が先に帰宅してしまうのだ。だからおかんが玄関まで見送りに出るときにはもう、自分の家でしかしてはいけないような魂の抜けた顔になっている。
一度帰り際に、ポケットの中からラップにくるまれたおにぎりを渡されたことがあった。「なにこれ?」「これ阪神の伊良部が握ったおにぎり、あげるわ」どういう事やねん、と思った。なんで持ってんねん。ほんでなんで私にくれんねん。いや食べるわけないやろ。どういうボケやねん。松井のおっちゃんといるとき、私はずっと頭の中でツッコんでいた。
その後ほどなくして、松井のおっちゃんは警察に捕まった。おかんに「おっちゃん何したん?」と聞いても「アホや」としか言わなかった。アホやったら警察に捕まるんや、やっぱり勉強はしとかなあかんな、と思った。