選択性難聴で聞こえないふり

退屈な人と、どうしてもお話をしなきゃいけないってことがありますよね。

わたしの知りあいにも、昔の同じじまん話ばっかり、毎回もう100回くらいはしている人がいるんですよ。

『86歳の健康暮らし ─ だれにも言っていないひみつの健康法』(著:田村セツコ/興陽館)

だけど、そういう人から逃げ回っていてもしょうがない。

そういうときには、選択制難聴を使うの。

聞いていても、別のことを考えるわけよ。

ちょっと内容がちがうんだけど、ある兵隊が捕虜になって、長時間歩かされていたとき、その人だけ目がキラキラして楽しそうだったんだって。

あとから別の兵隊が、「あのとき、どうして楽しそうだったんですか?」って聞いたら、「手品のアイデアを考えてたんですよ」って。

これも一種の選択制難聴かもね。

それと、もうひとつ方法があるの。

退屈な人とつきあうときは、「あらほんと? あははは、そうなの?」とか、「えー、知らなかった」とか、ちょっとオーバーに反応して、表情筋の体操をするのね。

退屈な人に退屈な顔をしてると、共倒れになっちゃう。まあいいかって思って、表情筋を動かす。これって、プロもやってるみたいなの。

プロの声優の人が、すごく苦手そうな人としゃべってるのを、遠くで見たことがあるのね。

とても表情たっぷりに話してるから、そのときは「なんだ、調子いいな」と思ったけれど、あれはトレーニングをしてたんだと、あとから思ったの。

わたしたちも、表情筋のトレーニングだと思えばいいのよ。耳でその人の話を聞きながら頭であれこれアイデアを練りつつ、ときどき「なるほど」と、ニッコリうなずくの。