喫茶店での出演依頼

再び三谷さんに声をかけてもらったのは、1年ほど前のこと。僕はセリフを覚えるとき、ある程度周囲に雑音があったほうが頭に入るものですから、駅前の喫茶店に行くようにしています。あるとき、いつものように喫茶店で台本を読んでいたら、三谷さんに声をかけられたんです。なんでも、お子さんを保育園に送っていく途中にたまたま通りかかって僕を見かけたとかで。

そのときに「今度映画をつくるんですけど、出てくれませんか」と言われ、「いいですよ」と即答しました。これが間もなく公開の『記憶にございません!』です。どんな映画なのかは聞きもしなかった。三谷さんの作品なら、おもしろいに決まってますから。(笑)

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『記憶にございません!』は、国民から嫌われ史上最低の支持率となった総理大臣が、頭に市民の投げた石が当たり、記憶喪失になってしまうところから始まる三谷監督のオリジナルストーリー。

記憶を失ったことを家族にさえ隠し、秘書官たちに助けられながら、なんとか公務をこなす総理大臣を演じるのは中井貴一さん。草刈さんは、そんな総理大臣と敵対し、政界を牛耳る“邪悪な”官房長官を演じている。

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木村佳乃さんがアメリカ大統領役と聞くだけでも、どんな映画か想像できるのではないでしょうか。僕は“邪悪な”官房長官役なので、脚本に書いてある通りに邪悪に演じました。どこか憎めない、って? そう言っていただけると嬉しいです。(笑)

三谷さんは、きっと俳優が大好きなんですよ。一人ひとりをよーく観察して、その人に合わせて脚本を書く。その俳優の持っているイメージとはまったく異なる役柄をキャスティングすることも多いんだけど、これがなぜかハマっちゃうんです。演じる僕らにしてみれば、新しい自分が引き出されるわけで、高揚するし、楽しい。そして、その感情が、現場全体にいい影響を与える。今回も三谷組はすごくいい雰囲気でしたよ。だから僕らもついつい、やる気が出てしまうんです。

俳優ってホントに気持ちの悪い商売でね。監督の求める人物像がわかると、役作りするまでもなく、自然と身体が動くんです。僕のなかの何かが引っ張り出されたんだと思います。邪悪さも含めて、僕のなかにある誰も知らない“何か”を引き出す。三谷さんはそんな監督です。