長い氷河期を乗り越えるために
『記憶にございません!』のなかで、僕が「少しでも長くこの世界にいる。それが私のモチベーションだ」というセリフを口にする場面があります。邪悪な官房長官のセリフですから、国民よりも自分の保身が第一、ということではありますが、この「続けること」「やめないこと」をモチベーションに毎日を転がしていくという感覚、僕にはすごくわかります。
僕の役者人生、かなりの紆余曲折がありました。うまくいっているときもあったけれど、そうでない時期が長かった。その長い氷河期を乗り越えるために、僕は、「やめないこと」を最優先するようにしました。成長や前進、発展や拡大は求めず、今あるものにしがみついた。それしかなかった、とも言えます。僕はそうやって役者人生を生きてきました。
そして、結果として『真田丸』への出演が、今回の『記憶にございません!』や『なつぞら』、そのほかの仕事へがっていったと思っています。そう考えると、この50年、山あり谷ありだったけれども、とにかく続けてきてよかった。長い間続けるということは、それだけでも意味があることだと思えてきます。
二枚目なんだから人の3倍がんばらないと
草刈さんが、福岡から上京しモデルデビューしたのは、17歳のとき。資生堂の男性化粧品「MG5」のCMに起用されたことで脚光を浴びた。その後、日本人離れしたルックスで数々の映画に出演、瞬く間に「二枚目俳優」として確固たる地位を築く。
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「二枚目俳優」として映画やドラマに忙しかった20代の終わりに、共演した女優の沢村貞子さんから、「あんた二枚目なんだから、人の3倍がんばらないとダメ。そうしないと、今にこの世界からいなくなっちゃうよ」と言われたんです。当時の僕は、この言葉の意味がわからなかった。でも頭のなかになぜかこの言葉が残っていたんですね。「ああ、そういうことか」とわかったのは、30代の半ばでした。
若い頃にポーンと世に出ちゃうと、落ちるのも早い。あるときを境に、映画やドラマの仕事が急激に減っていったんです。昔のように主役を張ることはなくなり、脇役ばかり。これまで、自分をアップで捉えていたカメラが、すーっと横を通り過ぎて主演俳優のほうへ動いていく。そうか、沢村さんは、「見てくれに頼っていてはダメだ、しっかり演技力を磨け」と言いたかったのか、と気づきました。