撮影:ヤマザキマリ
関西の中高年の女性、というイメージを抱きがちな「アニマル柄」の洋服。イタリア・シチリア島で手に入れたトラ柄のコートの行方は

「ずいぶんステキなの着ているわねえ」

だいぶ前の話になるが、シチリア島のチェファルーという街に暮らす友人のマリアから、ブランド衣類のセレクトショップを始めることになったという知らせが届き、私はシチリア旅行がてらその店を訪ねることにした。

マリアは大柄でグラマラス、褐色の肌に目鼻立ちのはっきりした地中海美人だが、洋服の嗜好もそのエキゾチックさを際立たせるような派手なものが多く、店の中の商品もまるで彼女のワードローブのようなものが並べられていた。

私は開店祝いのつもりで店を訪れただけだし、彼女のようなゴージャスな仕様の人間ではないので、そこで売られているようなパンチのきいた服を着こなせる自信も、そして試みたい気持ちもまったくなかった。しかし、そんな私にマリアが「あなた、たまには自分の趣味じゃなくても、人が似合うと薦めてくれる服にもトライしなさいよ!」とゴリ押ししてきたのが、表はシンプルな黒なのに裏地が真っ赤な光沢のあるトラ柄のコートだった。「めくれた時にこの赤いアニマル地がちらっと見えるところがおしゃれじゃない? それにトラ柄は身に着けているとエネルギーが出るのよ!」。ヒョウ柄のボディコンワンピースを着こなしたマリアの強烈な説得に負けて、私はその決してお安くはないコートを買うことにした。

北イタリアの家に戻って数日後、気持ちがとても萎えていたある寒い日に、私はマリアの言葉を信じ、思い切ってそのコートを着て外へ出ることにした。玄関先でコートを羽織ろうとしていると、同居している90歳超えの2人の老婆が興味津々の顔つきで近づいてきて、赤いトラ柄の裏地を皺だらけの手で表側に返すと「あんた、ずいぶんステキなの着ているわねえ」と絶賛した。この老女2人はおしゃれ意識が低いわけではないが、決してアニマル柄を着るような嗜好性はなかったはずだ。なので私はその2人の反応に驚いた。

それから数年後、今度は日本で、やはり高齢の私の母がそのアニマル裏地コートに「それ、裏のトラ柄がいいわね」と興味を示したのである。彼女はもともと派手な色彩や柄の服を嫌い、私たちが子どもだったころも紺かグレーの服しか着せないようなポリシーの人だったので、これは一体どうしたことかと驚きつつも、あまりに羨ましそうにしているので、コートは彼女に着てもらうことにした。

アニマル柄といえば関西の中高年の女性、というイメージを抱きがちだが、この柄はもしかすると女性たちにとって、強くありたい、元気でありたいという意識を示すものなのかもしれない。プロレスラーにもかつてタイガーマスクという人がいたし、トラ柄やヒョウ柄などアニマル柄が人間にとって強さの顕示の象徴であることは間違いない。

実際、私も50歳を過ぎたころからなんとなくアニマル柄への拒絶感が薄れつつあるらしく、まだ衣類にまでは手を出していないが、インテリアにトラ柄のものが目立って増えてきた。飼っているベンガル猫もまんまアニマル柄だが、このままだと数年後には、表地がアニマル柄のコートを躊躇なく羽織って外を歩くようになっているかもしれない。気持ちがつのったころに、シチリアのマリアの店を改めて訪ねてみようと思う。