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わが子のため、と耐えて続けた結婚生活なら、子どもが巣立ったいま、いよいよ解放されてもよいのではないか。そんな思いが頭をよぎった人は少なくないだろう。しかし、期せずして別れを踏みとどまった妻たちがいる。家族を突然襲った危機が、思わぬ絆になったからだ。美咲さん(仮名)は定年した夫をうっとうしく感じていてーー(取材・文=武香織)

余計な手間をかけないで!

5年前、夫が定年退職して間もない頃のこと。同居していたひとり娘が結婚して家を出ていった美咲さん(専業主婦・60歳)は、趣味らしい趣味がない夫が自宅にこもりがちになるにつれ、ふたりきりの空間に鬱陶しさが募るようになったという。

「まだ元気だし、老後資金だって十分ではないのに、『俺は、しばらくゆっくりする』の一点張り。リビングのソファが夫の定位置で、一日中、読書をしたり、インターネットやテレビを見たりしているんです。夫婦の会話といえば、『おはよう』や『いただきます』などの挨拶程度。

昔は、世の奥さま方が夫を粗大ゴミ扱いするのを耳にするたび、『一家の大黒柱を少しは敬ったら?』と軽蔑していたくせに、本当に夫のことがゴミにしか見えなくなって……。そんな自分も嫌でたまらなくなりました」

夫と顔を合わせる時間を減らせば、こんなモヤモヤは解消されるはず、と閃いた美咲さんは、そそくさとパートに出る。しかし、30年ぶりの仕事はてこずるばかり。帰宅すると、山ほど残っている家事に辟易した。

「いや、夫は基本的に冷たい人ではありませんから、私が働きだすと、慣れない家事を自主的に担ってくれました。でも、洗濯物はシワくちゃのまま干す。洗い終えた鍋には焦げがこびりついている。

子どもに諭すように、感謝と褒め言葉を述べてから、『ここをこうすると、もっと上手くいくよ』と伝えればよかったのでしょうけど、クタクタでそんな余裕はない。『余計な手間をかけないで!』となじりながら、全部やり直していたんです。夫は『金輪際、手伝うものか!』とキレて、2、3日で家事から手を引いてしまいました」