しかし後日、Aさんが医師に「男性の呼吸器のチューブが外れていた」と話していたことが遺族の知るところとなる。そこから、男性の死を不審に思った滋賀県警が捜査に乗り出した。
呼吸器のアラームは、患者が動くなどしてチューブが外れた時に鳴る仕組みになっている。県警は、「アラームが鳴っているのに放置した」として、責任者であるAさんを業務上過失致死容疑で取り調べた。
現場にいたAさんも西山さんも「アラーム音は聞いていない」と証言したが聞き入れられず、任意取り調べの心労で西山さんは自殺未遂を起こすなどして入院。捜査は翌04年に再開される。5月、県警本部から来た山本誠という30代の刑事は「音を聞いていたはずや」と激しく机を叩いて西山さんを脅し、「鳴っていました」と虚偽の自白をさせた。
しかし、西山さんのこの自白が原因でAさんがノイローゼになってしまったと聞き、西山さんは自責の念に駆られた。自白の取り消しを求めたが、山本刑事は取り合ってくれない。
「もしシングルマザーのAさんが逮捕されたら生活ができなくなる。私は親元にいるし……」
そう考えた西山さんはあろうことか、「私が呼吸器のチューブを外しました」とでたらめを言ってしまう。それでは当然、殺人罪に問われてしまうが、彼女の頭はAさんの「呼吸器のチューブが外れていた」という証言にあわせることでいっぱいだった。
思いがけない「自白」で色めき立った県警は一転、西山さんの殺人罪立件へと方向転換し、もっともらしい供述調書を作った。しかし、所詮は虚偽の供述書。どうしても不自然さは残る。
容疑者が刑事に問い詰められ「犯行」を自供する一般的なケースと違い、この事件は、殺人とは考えもしなかった警察による逮捕前の任意取り調べで、関係者が急に「殺した」と自白したレアケース。
前出の井戸弁護士は、「それだけに虚偽自白の証明は困難でしたが、西山さんの供述の不自然な変遷を見て、刑事による誘導を確信しました」と話す。西山さんの自白の変遷を見よう。
2014年7月2日
A看護師が勤務中に寝ていた。忙しいのにと腹が立った。病院の待遇は悪い。咄嗟に思いついて、病室へ行きチューブを外した。アラームが10分鳴り続けた。A看護師が入ってきていで消した。
同5日
チューブを外して部屋を出た。鳴り続けていたので自分が戻って繋いだ。
同10日
消音ボタンを押し続けて男性が死んでゆくのを待っていた。アラームは鳴っていない。
同25日
消音ボタンは1分経つ前にもう1回押せば鳴らない。1秒、2秒と頭の中で数えて1分前に再び押した。