殺人でもなければ過失事故でもない、真相は患者の自然死──。にもかかわらず、ひとりの女性看護助手が殺人罪に問われ、20代から12年もの間、獄中で過ごすことになった。本日、大津地裁で再審無罪判決が言い渡された西山美香さんが、本誌に語ったこととは(取材・文=粟野仁雄)

ようやく認められた再審請求

2019年3月19日の昼頃、滋賀県彦根市のリサイクル工場で勤務中だった西山美香さん(39歳)にかかってきた、母・令子さん(68歳)からの電話は涙声だった。

「やっと出たで」

最高裁から届いた通知書には、「本件抗告を棄却する」と書かれていた。その日の夕方、大津市内で弁護団と喜びの会見をした西山さんは、「再審開始は弁護団や支援者のおかげです。何度も諦めかけたけど、無罪になったらマイカーを買って両親をいろんなところに連れて行きたい」と時折、涙をぬぐいながら語った。同席した西山さんの弁護団長、井戸謙一弁護士は「ようやくあるべき結論が出た」と安堵の表情を見せた。

2003年、滋賀県の病院で男性患者が死亡した「湖東記念病院人工呼吸器事件」。当時、同病院に勤務していた看護助手の西山さんは「自分が男性の人工呼吸器のチューブを外した」と自白し、逮捕される。

その後、自白は虚偽であったと訴えたが、認められず有罪判決を受け、12年間服役した。ようやく再審が認められたのは、西山さんが逮捕拘留されて実に15年近い月日が流れてからのことだった。

脅し、宥(なだ)め賺(すか)しは取り調べの常套とされるが、西山さんの場合は取調官に恋をして嘘の自白をしてしまった。そのために、24歳から37歳という人生の大切な月日を奪われたのだ。

また、新聞報道の多くで伏せられていた、病院の同僚女性・Aさんの存在が明らかになったことで判明したのは、今回の事態を招いた一因が西山さんの、この同僚女性に対する並外れた優しさだったということだ。

 

鳴ったことにされたアラーム

03年5月22日、滋賀県東近江市の湖東記念病院で、慢性の呼吸器不全のため喉に管を挿入する人工呼吸器を装着していた男性(当時72歳)が死亡した。この日、午前4時過ぎ頃、男性のおむつ交換に来た看護師Aさんと西山さんは、男性が心肺停止状態であることに気づいた。

Aさんに「(呼吸器チューブが外れたことを知らせる)アラームは鳴ってなかったよね」とねられた西山さんは、「はい」と答えた。2人は医師を呼んで、必死に心臓マッサージや痰吸引をしたが、男性が息を吹き返すことはなかった。