昨年は、モトザワ自身が、老後の家を買えるのか、体当たりの体験ルポを書きました。その連載がこのほど、『老後の家がありません』(中央公論新社)として発売されました!(パチパチ) 57歳(もう58歳になっちゃいましたが)、フリーランス、夫なし、子なし、低収入、という悪条件でも、マンションが買えるのか? ローンはつきそうだ――という話でしたが、では、ほかの同世代の女性たちはどうしているのでしょう。今まで自分で働いて自分の食い扶持を稼いできた独身女性たちは、定年後の住まいをどう考えているのでしょう。それぞれ個別の事情もあるでしょう。「老後の住まい問題」について、1人ずつ聞き取って、ご紹介していきます。
母との関係
大企業に勤め、独身のまま59歳になった紀美子さんは、終の棲家としてサ高住を探しているところです。実家の敷地内には母と姉夫婦がそれぞれ家を持っており、20年ほど前、母の家の新築の際には紀美子さんは資金を援助、固定資産税も払っています。間取りは母に任せたところ、母は紀美子さんと「未来の孫」の部屋まで作っていました。
紀美子さんは、母を支配的だと感じています。「お風呂入りなさい」。実家では、母はこんなふうに紀美子さんに指図します。いつも母はこんなふうに「**しなさい」と命令口調です。主従関係のように、紀美子さんは感じてしまいます。
母―娘関係が支配―従属関係であることに、まったく無自覚な母が苦手で、紀美子さんは、母との同居はあまり考えたくはありません。
それに、価値観の違いも感じます。戦前生まれの人なので仕方ないと思いつつも、イヤだなあ、と思ってしまいます。
例えば、語学も堪能で外国人の友人も多い紀美子さんには、韓国人の女友だちもいます。彼女はとても優秀で、人柄も良く、紀美子さんの親友です。ある時、彼女と一緒の時に、母から電話がありました。親友と一緒だと話し、すごくお世話になっているのだ、と彼女を紹介したのに、電話を替わった母の対応はあっさり。
日本人の友だちなら、もっと積極的にいろいろ話したんじゃないか。母の中にどこか差別的な視線があるのではないか。そう思うと、紀美子さんには苦痛でしかありません。年を取ったら、よけい、「母の心が狭くなった」と紀美子さんは密かに感じています。