「ときには、どれだけ必死に考えても最終的には実現できない場合もあるでしょう。でも、最初からあきらめていては何もできません」(撮影=大河内禎)
結婚式では和装が主流だった時代に、日本で初めてウェディングドレスのデザインを手掛けた桂由美さん。今に至るその歩みは、まさに日本の「ブライダル」の軌跡そのもの。ドラマティックな人生を振り返っていただくと――(構成=篠藤ゆり 撮影=大河内禎)

絵本のお姫様のドレス姿に憧れて

日本初のウェディングドレスのデザイナーとして活動を始めて、今年で60年目を迎えます。節目の年だからか、私の人生がドラマになるそうです。生きている間にドラマ化されるなんて、考えてもみませんでした。

現在も時間がとれる時は店頭に立ち、お客様とお目にかかったり、新しい事業の打ち合わせなど、ほぼ毎日出勤しています。とくにこれといった健康法はありませんが、忙しくしていることと、常に「次はこれをやろう」と未来を考えているのが元気の源でしょうね。

社員には、「どんな仕事も『それは無理です』と言ってはダメよ。何ができるかを考えなさい」と言っています。

ときには、どれだけ必死に考えても最終的には実現できない場合もあるでしょう。でも、最初からあきらめていては何もできません。私自身、まわりから「無理だ」「無謀」と思われていたことを一つずつ乗り越えてきました。

私がブライダルの仕事を始めた1960年代半ばは、結婚式の定番は和装。ウェディングドレスを着る花嫁さんは3%しかおらず、外国人と結婚するか、教会で結婚式を行うクリスチャンの方くらいでした。そんな時代になぜ、ウェディングドレスのデザイナーになろうと思ったのか。原点は、子ども時代にあります。

生まれは東京の東端に位置する江戸川区の小岩。小さいころ、日曜日になると父が決まって「どっか行くか?」と聞いてくれるので、必ず「本屋さん!」とリクエスト。『シンデレラ』や『白雪姫』『人魚姫』などの絵本を買ってもらうと、家に帰るのが待ちきれず、駅前の広場で本を広げて大声で読んでいました。3歳くらいだったかしら。

「こんなに小さな子が文字を読めるのね!」と通りすがりの人たちに驚かれましたけど、文字を読めたわけじゃないんです。物語はすっかり頭に入っていましたから、絵を読んでいたのね。(笑)

絵本には、美しい女性がロングドレスを着ている絵が描かれています。私は夢のような世界に夢中になり、自分が登場人物になった気分であれこれ想像の翼を広げたものです。