何か専門の仕事をもつ為の勉強を
貞雄はこの時代のエリートらしく、男性の人生と女性の人生とが平等なものであるべきだと考えていました。
嘉子に対して、「ただ普通のお嫁さんになる女にはなるな、男と同じやうに政治でも、経済でも理解できるようになれ、それには何か専門の仕事をもつ為の勉強をしなさい」と語り、専門的な職業である医師や弁護士を候補として挙げていたようです。
その頃既に日本で女性の医師は誕生していましたが(日本で最初の公認女性医師は、1885<明治18>年に医術開業試験に合格し、医師として活動する傍ら女性の権利・地位向上のためにも尽力した荻野吟子<1851―1913>です。どの分野・職業にも、「女性初」として道を切り拓いた「パイオニア」がいます)、弁護士法の規定により、まだ女性が弁護士になることはできませんでした。
とはいえ、弁護士法改正の機運は高まっていたので、貞雄もそれを察知しての提案だったと考えられます。
※本稿は、『三淵嘉子 先駆者であり続けた女性法曹の物語』(日本能率協会マネジメントセンター)の一部を再編集したものです。
『三淵嘉子 先駆者であり続けた女性法曹の物語』(著:神野潔/日本能率協会マネジメントセンター)
2024年度・前期連続テレビ小説「虎に翼」のモデルは、日本初の女性弁護士の一人であり、初の女性判事及び家庭裁判所長・三淵嘉子(みぶち・よしこ:主演・伊藤沙莉、脚本・吉田恵里香)。本書では、三淵嘉子の生誕から晩年までの生涯と、嘉子とともに歩んだ家族、友人、同僚たちについて紹介する。嘉子が生涯を賭して成し遂げたかったこととは何だったのか。「女性活躍」が求められる今にあって、その先駆者の生涯が今、明らかになる。