リンゴ
まだアメリカとの戦争が始まる前、パパを除く全員で、北海道のママの実家に遊びにいったことがある。ママにとっては、結婚(けっこん)してからはじめての里帰りだった。
帰りの青森から上野(うえの)に向かう汽車の中で、トットは窓にへばりつくようにして、外の景色を眺(なが)めていた。
前の席にはおじさんが2人座(すわ)っていて、「あの栗毛(くりげ)の馬はとてもいがった」「子馬は安かったから買いたがった」と、さかんに馬の話をしていた。
発車してしばらくすると、窓いっぱいに広がるまっ赤な光景が、突然(とつぜん)トットの目の前に現れた。リンゴ畑だった。
「リンゴだ、リンゴだ!」
トットだけじゃなく、ママもいっしょになって大きな声を上げた。まっ赤なリンゴの実がたくさんなっていて、それがあまりにきれいで、おいしそうで、トットたちはウットリした。
「どうしましょう。降りるわけにもいかないし」なんて、ママがトットたちに話していたら、前に座っていたおじさんの1人が、「リンゴ欲(ほ)しいか?」と話しかけてきた。
「ええ! 欲しい、欲しいです。もう、リンゴなんて東京では、ずーっと食べたことないですし、売ってもいませんから」
「私たちは次の駅で降りるけどね。そうだ、奥(おく)さん。お宅の住所を書きなさい」
ママは大あわてでメモ帳を破ると、大きな字で東京の住所を書いて、それをおじさんに渡(わた)した。メモの切れはしをポケットにつっこんだおじさんたちは、次の駅であたふたと席を立ち、降りていった。
おじさんからトットの家にリンゴが届けられたのは、それから2週間ぐらい経(た)った日のことだった。
大きなリンゴの木箱が2箱も。もみ殻(がら)の中から顔を出したまっ赤なリンゴたちは、本当においしそう。もちろんあまくておいしくて、泣いちゃうぐらいうれしかった。