年を取ると広い家は要らない
そんな中、今の物件を紹介されました。1DKで30平米弱、南向き。12階建ての2階。築36年の新耐震物件で、オートロック、管理人常駐。東京の大手デベロッパーの開発物件で、総戸数は約60戸。規模のおかげもあってか、外壁やエントランス周りもきれいにメンテナンスされていました。
「ご希望よりちょっと狭いんですが……」。40平米の1LDKに住んでいる身からすると、30平米弱の1DKは狭すぎます。1部屋まるまる足りません。でも、栄子さんは内見してみました。
ところが。思いの他、栄子さんはこの部屋が気に入りました。まずは、総面積に比して大きな、横幅180センチ近いシステムキッチン。投資物件として賃貸に出していた県外在住の売主が、数年前にレンジフードと三ツ口のガス台を交換したばかりでした。
風呂場は2点ユニット(風呂と洗面台が一体)でしたが、トイレは別、洗濯機置き場も室内でした。南に面した掃き出し窓の向こうは駐車場で、2階ながら明るく、目の前を遮るものはありません。
何よりの利点は立地です。駅や実家、病院への近さ、買い物の利便性――「便利かも。ここなら、車がなくなってもまあ何とかなりそう」。「ここに決めます」
でも、栄子さん。さすがに1部屋分ないと、荷物が入りきらないのでは? それまで栄子さんは、家具や食器にも凝って、部屋はおしゃれに飾っていました。子どもの頃からバレエやダンスをしてきてスタイル抜群の栄子さんは、着道楽です。洋服はクローゼット2棹分以上、和服も着物箪笥1棹以上、持っていました。モトザワの心配に、栄子さんはこう答えました。
「だって……介護の仕事をしているとよく分かるんだけど、年を取ると広い家は要らないの。部屋がいくつもあっても、使わないの。ただの物置になるだけ。実家の母もそうだったけど、最後は居間にベッドを持ってきて、リビングだけで、手の届く範囲だけで暮らすようになるの。施設のお年寄りだってそう。それを見ていたら、『ああ、広い部屋なんて要らないかも』、って思ったの」