やっぱり美味しそうに吸いますね
「タバコは売ってるか?」
お付きの警官に聞くと「もちろん」とのこと。売店まで行くと、通訳のIさんがいた。
「どうしたんですか?」
「いや、コレをね」
そう言って売店で買ったタバコを見せてくれた。
「止めていたんですけどね」
「ここまで吸ってませんでしたよね?」
「そうなんですが、船でゴンザレスさんが美味しそうに吸ってるのを見てね。他にすることもないですし、島にいる間だけでもと思いまして」
Iさんは器用にマッチでタバコに火をつけた。そして煙を大きく吸い込んだ。俺はIさんから1本もらって吸った。
決して美味しいタバコじゃなかった。ニコチンも重くきつい。普段はメンソールのスッキリ味を好む俺には合わない。それでも、この島で起きた出来事にくらべればどうということもない。
「やっぱり美味しそうに吸いますね」
Iさんは微笑みながら言った。
それから、「明日はどうなりますかね」と他愛のない雑談をした。
※本稿は、『タバコの煙、旅の記憶』(産業編集センター)の一部を再編集したものです。
『タバコの煙、旅の記憶』(著:丸山ゴンザレス/産業編集センター)
危険地帯ジャーナリストであり裏社会に迫るYouTuberとしても大活躍中の丸山ゴンザレスが、旅先の路地や取材の合間にくゆらせたタバコの煙のあった風景と、その煙にまとわりついた記憶のかけらを手繰り寄せた異色の旅エッセイ15編。海外の空港に到着して一発目のタバコ、スラム街で買ったご当地銘柄、麻薬の売人宅での一服、追い詰められた夜に見つめた小さな火とただよう紫煙……。煙の向こうに垣間見たのは世界のヤバい現実と異国の人々のナマの姿だった。ウェブ連載を加筆修正し書き下ろしを加えた待望の一冊。