出版記念の限定品「華麗なるスプーン」を手に(撮影◎本社 奥西義和)

楽しんでいただくことを旨に

【右近さんがカレーにはまるきっかけとなり、今や人生をともにするパートナーと評する「ナイルレストラン」。同著には、三代目のナイル善己さんとの対談も収められている。対談で、「受け継ぐ使命」についてナイルさんは「時代によって少しずつアップデートしなきゃいけない」。これに対し、右近さんが「変わらない味だと言われる秘訣は、変えていくこと」との言葉を紹介する。右近さんは、伝統を受け継ぎ、次に伝えることについて自らの役割をどう考えているのか。】 

やはり楽しくやることだと思います。あまり深く考えずに……。厳しい修業を乗り超えた末のこの舞台、というのをお客さまは見に来られているわけではないでしょう。役者がとにかく歌舞伎が好きで愛しているところを、お客さまは楽しんでくださっていると思います。修行は大事ですが、歌舞伎は観て下さる方に楽しんでいただくためのものです。

伝統芸能というと、重厚で動けない世界とみられるのは嫌です。伝統をなんとか残そうと思っても、残らないものは残らない。終わるものは終わる。潔くそう思わないと、しみったれている。残る、残らないは、役者だけではどうにもなりません。お客さまと役者の「楽しい」の呼応の中で残るものは残るのではないでしょうか。

実は、めちゃくちゃ修行しているから格好いいのですが、それを見せちゃいけない。ちょっとふざけているぐらいがちょうどいい。だって歌舞伎、400年の歴史がある伝統芸能といっても、あくまでも娯楽なのだからと僕は思うんです。

神事ではないですし、スポーツとも違う。お客さまのためのものなのです。昨年亡くなられた市川猿翁さん(享年83)は「相撲と野球が一番嫌い」と言っておられたそうです。猿翁さんは、伝統的な歌舞伎に対し、エンターテイメント色が強いスーパー歌舞伎を始めた方です。「嫌い」というのは「相撲や野球はお客のためにやってないのでは」という疑問からです。例えば、甲子園野球はそこにかける高校球児の意気込みを見る価値があるというのは分かります。しかし、歌舞伎は自分の熱意を秘めながら、お客さまに楽しんでいただくことを旨にしなければならない。

華麗なるスプーン。出版記念の限定品で、右近さんが描いたオリジナル隈取イラストが入り。「神は細部に宿る。ひとすくいでルーとライスが絶妙のミニカレーが作れるよう計算されている」と右近さん。