ある朝、警察の人がきて息子は連行された
1年ほど実家の居酒屋の手伝いをして過ごした。その後、生命保険会社に勤めるお客さんから誘われ、保険外交員へと転身する。
「最初はまったく契約まで至らず。でもコツを掴んでからは順調に契約を取ることができて、たちまち年収が500万円を超えたのには驚きました」
一方、高校に進学せず、地元の不良仲間とつるんでいた息子の非行はエスカレートの一途を辿った。ついには相手に大怪我を負わせる暴行事件を起こしてしまう。
「ある朝、警察の人がきて息子は連行されました。私は頭が真っ白になってしまって……」
家庭裁判所で観護措置が必要だとの判断が下され、20日間、少年鑑別所に収容された。
「私は、自分の経験から寂しさが心を歪ませることを知っていたので、息子が不憫でならなかった。そこで『ママが悪かった』『帰ってくるのを待っているからね』と綴った手紙を出し続けました。すると10日後に返信がきて、そこには『こんな自分のことを見捨てずにいてくれて、ありがとう』と書いてあったんです」
誕生日会を開いて手料理を振る舞い…
とはいえ、話はまだ終わらない。出所後、息子は再び不良グループとのつきあいを始めてしまったのだ。このままではまずい、かといって叱ったり咎めたりするのは逆効果だと考え、瑞穂さんは大胆な作戦に出た。
「『ママが奢るから、みんなでカラオケに行こう。焼肉も食べようよ』と誘ったのです。10人もいたのでそれは痛い出費でしたよ。最初はみんな、『たかってやろう』という魂胆だったんじゃないかな。
でもみんなを自宅に招き、一人ひとりの誕生日会を開いて手料理を振る舞ううちに『ママちゃん』と呼ばれるようになって、気づいたら子どもたちが相談にくるようになっていました。リーダー格の子が私のアドバイスで工務店に就職し、初任給でピザを奢ってくれたときは本当に嬉しかった」
仲間が次々と更生していくなか、息子も通信教育で高校を卒業。現在はオーストラリアの大学に留学中だ。
「明日は試験だとか、頻繁にメールを送ってきます。あの不良息子がここまできたか……と感慨深いですね。結婚生活を続けていたら、私は自立できないまま、わが子を救う気力さえ失っていたでしょう。シングルマザーになったからこそ、自分らしい方法で息子に接することができたのだと確信しています」