市民合唱団が歌う音源「荒城の月」

竹田市の一部になっている朽網地方(現在の直入町、久住町の周辺)は16世紀当時、キリスト教の「日本八大布教地」の一つで、1554年には豊後地方で初の教会も建てられた。後藤さんが館長を務める竹田キリシタン資料館では、関連資料を収蔵、展示している。

実は広く知られる「荒城の月」のメロディは、大正時代に作曲家の山田耕筰が歌いやすく編曲したバージョンだ。

冒頭の「春高楼の花の宴」のうち、「はなのえん」の「え」が半音上がるなど、一部の音や小節のテンポが異なるのだが、1987(昭和62)年秋に駅を訪れた俳優の小沢昭一(1929-2012)が「廉太郎ゆかりの地には、原曲がふさわしい」と当時の後藤宗昭市長に訴えた。

キリシタン洞窟礼拝堂(写真:著者)

これを契機に竹田市は「原曲が流れるまちづくり」に乗り出した。1988(昭和63)年には、原曲を竹田市少年少女合唱団が歌い、その録音テープを市から駅に寄贈した(大分合同新聞、1988年7月21日付)。