田代住職と別れ、山門を出ようとすると声をかけられた。
「待ちなよ」
中目黒署の谷津だった。
阿岐本が目を丸くして彼を見た。
「刑事さん。日曜だってのに、ご苦労なこってす」
「暴力団員がまた西量寺にやってきているという知らせがあったんでな。こっちだって日曜に出張(でば)りたくはねえんだ。いったい、何の用でこの寺にやってくるんだ」
「住職と茶飲み話をしているだけです」
「今日という今日は、何を企(たくら)んでいるのか、きっちりと説明してもらうぞ」
「谷津さんでしたね。ご家族は?」
「てめえの知ったことか」
「お子さんもいらっしゃるんじゃないですか?」
「娘と息子がいる。それがどうした」
「日曜くらい、夕食の食卓をいっしょに囲んじゃどうです?」
「てめえらがそうさせてくれねえんじゃねえか。さあ、署に来てもらうぞ」
「今日じゃなくてもよろしいのではないですか。私どもは逃げも隠れもしません。今日のところは、ご家族といっしょにテレビでも見ながら過ごされてはいかがですか?」
谷津が声を荒らげた。
「だから、てめえの知ったこっちゃねえと言ってるだろう」
突っ張っているが、心が動いている様子だ。彼は帰って子供と過ごしたいのだ。阿岐本は、そのわずかな心の隙を衝(つ)いたのだ。
「もう一度申します。私どもは逃げも隠れもいたしません」
谷津は舌打ちして阿岐本を睨み、それから目をそらした。
やがて、彼は言った。
「今日のところは勘弁してやる。さっさとこの町から出ていけ」
「はい。失礼いたします」
阿岐本は丁寧に礼をしてその場を離れた。日村は無言でその後を追った。