でもね、と玉蘭はハルの目を見て、話を続けた。
「発行から半年がすぎて、だんだん売れなくなってきちゃったの。内地の作家が書くなら内地の雑誌のほうが充実しているし、女学生の『作文』なんてつまらないって投書も届いたりして。この雑誌で一番弱いのは、台湾の女性たちの実像に迫るルポルタージュだって、小姐(おじょうさま)は考えたみたいなの。そこで、ハルにきてもらったわけ!」
 すべて日本語で書かれた『黒猫』の購読者層は、当然のことながら日本人か、台湾人の日本語学習者に限られる。台湾人を対象にした女学校が整備されはじめてからまだ日が浅く、台湾から内地に留学できるのは台湾のなかでも限られた富裕層で、女性の書き手は十分に育っていない、だから実務経験のある、感性の若い女性記者が必要――そこまできいても、やっぱりハルは、どうして自分に白羽の矢がたったのかよく理解できずにいた。
 東京五番町(ごばんちょう)の女子英学塾を卒業して、なんとかみつけた就職先の雑誌社で家庭文化面の記事を二、三書いた程度の自分が、どうして縁もゆかりもない台湾の女性たちを惹きつけるような記事を書けると百合川は考えたんだろう。
 その思いは、一昨日のやりとりでよりいっそう強くなった。いっそのこと、もうやめますといって、尻尾を巻いて内地に逃げ帰れたらどんなに幸せだろう。
 そういいつつも、ハルには帰るべき家も仕事もなく、帰ったら帰ったで、警察の監視できわめて不自由な毎日を送らなければいけないことは、わかりすぎるほどわかっていた。

(続く)

この作品は一九三〇年代の台湾を舞台としたフィクションです。
実在の個人や団体とは一切関係ありません。