賃貸物件探しで立ち塞がる壁

ある夜、自宅に帰った紀久子さんは、両親の遺影のある仏壇の前に座りました。手を合わせると、うっと涙があふれてきました。号泣しました。なんで、こんなことになったんだろう。なんで、うまくいかないんだろう。もう、倒産することは明らかでした。この家も実家も取られてしまう。紀久子さんは独り、気の済むまで泣きました。

「きっと、つらかったんだよね……。その頃は自分では気付いてなかったけど」と、紀久子さんは振り返ります。

でも、それで吹っ切れました。やるだけのことをやり、「来月の社員の給料が払えない。もうダメだ」と決断したのは2年後です。弁護士に数字を見せて相談し、破産に向けての準備を始めました。

ふつう、裁判所からの破産手続開始の決定が出されると、会社はなくなり、それで終わりです。でも、それでは関係先に多大な迷惑をかけてしまいます。管財人に「残った仕事を社員の有志たちと終えたい」と訴え。結局、一人も欠くことなく、社員全員で最後の仕事をして、2019年1月にオフィスを閉じました。円満というとおかしいですが、最後まで義理人情を通しました。

ただ、不動産だけでなく、あらゆる資産が差し押さえの対象に。紀久子さんは預貯金もすべて失いました。法律で認められた99万円だけを手元に残し、ほかの財産はゼロになりました。

さらに管財人には、「早く自宅を明け渡すように」とせかされました。慌てて家を探しました。でも、会社を潰した紀久子さんは「無職」です。59歳、無職、夫なし、子なし、不動産も金融資産もなし――いやはや、これでどうやったら賃貸物件が見つかるだろうと、絶望しそうな悪条件です。不動産屋に頼んで物件情報を数軒取り寄せましたが、1軒以外はすべて門前払い。大家が貸してくれないと断られました。唯一、大家が女性だった今の部屋だけ、貸してくれることになりました。

でも次に、保証会社の壁が立ち塞がりました。保証会社の審査に落ち、ほとほと困っていた時、大学時代の先輩の伝手で、非営利団体の事務局を手伝うことに。毎月、わずか数万円ですが、謝礼が出ます。ここを就職先として申し込んだら、ラッキーなことに審査を通過、無事、今の部屋が借りられることになりました。