はるかあとに上京して女子英学塾で学ぶようになってから、ハルは『青鞜』が発刊後わずか一年もたたないうちに、新聞からさんざん叩かれたこと、それに対してらいてうたちが「新しい女」と名乗って徹底抗戦をはじめたことを知った。

 兄の順平が生まれるまでは地元の小学校で訓導(くんどう)をしていた生真面目な母が、お屋敷に注文を取りにくる書肆(ほんや)の好奇の視線や、「濱田の奥さんは、新しい女じゃけえな」と近所の奥様方に噂されることにたえられなかったのだろうということは、ハルにも容易に想像がついた。

 屋根裏部屋に隠してでも、その雑誌を残しておいたことにはかすかな安堵感を覚えたけれど、いつしかハルは、母も妹もいない遠い街に、場合によっては遠い国にいってしまいたいと感じるようになっていた。

 だから、女子英学塾の卒業をひかえて、婦人毎日新聞社が女性作家たちの台湾への講演旅行を企画し、そこに付き添いで世話をする学生を探しているという話をひとづてできいたとき、迷うことなく応募したのだった。

 万が一の事態から講師たちの身を守るために武術の経験があり、加えて外地の食生活にも堪えうる強靱な胃腸を持っていることという条件もハルにぴったりで、話は驚くほどあっさりと決まった。ハルは腕力に自信があるというだけでなく、まわりのだれもが呆れるほどの健啖家でもあった。

(続く)

この作品は一九三〇年代の台湾を舞台としたフィクションです。
実在の個人や団体とは一切関係ありません。