私の父は作家の松岡譲で、母・筆子は夏目漱石の長女です。なんでも同じく漱石門下の久米正雄と父が母をとり合ったとかで、今風にいうとスキャンダルになり──でも、母が父を好きになってしまったのだから仕方ありません。

半藤も文藝春秋社で雑誌の編集者をしていたので、大きな声では言えませんが、今も昔もマスコミは勝手なことを書きますよね。母も傷ついただろうし、屈託を抱えた結婚生活だったと思います。

漱石の妻・鏡子も、悪妻の見本みたいに言われたでしょう。でも、母はいつも「母は父に対して、正座して手をついてお話しするような人でしたよ」と言っていました。悪口も一切言わなかった、と。

漱石は精神を病み、妻への暴力や暴言もあったそうです。それでも漱石を支える覚悟を決めたのですから、肝が据わった女性だったんでしょう。まぁ、結婚の実態というのは当事者にしかわからないですよね。

ただし祖母は朝寝坊で、料理は下手。ですから、料理が上手だった私の母は、「あの味では父が気の毒でした」と言っていました。(笑)

話を戻すと、私は半藤の熱意にほだされ、ここまで愛してくれる人はそういないだろうと思うように。そんなわけで私が27歳の時に結婚し、彼の娘は義母が面倒をみることになりました。

結婚する際、「嫁入り道具」として持参したのが、代々伝わる糠床です。祖母が漱石の家に嫁ぐ際に持参し、母がそれを受け継ぎ、さらに私が受け継いだので、江戸時代からずっと続いていることになります。

半藤はお酒が好きだから、酒のさかなになるおかずをよく作りましたが、糠漬けも毎日の食卓に欠かせないものでした。

後編につづく

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