祖父・夏目漱石の小説、夫・一利さんの著作やポスター、大学ボート部の写真が飾られた自宅にて(撮影:洞澤佐智子)
『日本のいちばん長い日』『昭和史』など数々のノンフィクションを執筆し、昭和史の語り部と称される作家で歴史研究家の半藤一利さんは、2021年1月、90歳で亡くなった。妻でエッセイストの半藤末利子さんが、疎開中の出会いから始まった二人の思い出を辿る(構成:篠藤ゆり 撮影:洞澤佐智子)

意外だった最後の言葉

夫・半藤一利が亡くなって3年以上たちますが、一人の生活はイヤなものですね。楽しくもなんともないですよ。考えてみたら、一人暮らしは人生で初めてですから。

夫が体調を崩したのは、2019年に大腿骨を骨折したのがきっかけでした。大酒呑みでおっちょこちょいな人なので、酩酊して足元がおぼつかなくなり、転んでしまったのです。

じつは、それ以前にも、酔って玄関の前で転んで、夜中にお向かいのご主人様が担いで運んでくださったことがあって。「もう二度とそんなバカな真似はしないでよ」ときつく叱ったのに。

手術後、リハビリ病院に転院したものの、年が明けてから再手術することに。その後、なにかを誤嚥した結果、下血したりして、計10ヵ月ほど入院しました。退院後はリハビリをしながら、原稿を書いたり、ゲラを読んだりと、それまで通りの生活を取り戻していたんです。

でも、どこかで死期を察していたのでしょう。「コロナの時代に一ついいことがあるとしたら、派手な葬式を誰もやらなくなったことです。私が死んだ時も、葬式はしないでください」と言っていました。ですから、いたしませんでした。

そのうち臥せるようになり、1週間ほど下の世話をしたのかしら。すると、「あなたにこんなことをさせるなんて、思ってもみませんでした。申し訳ありません」と泣きながら謝るんです。そんなこと言われたら、こちらも胸がいっぱいになって。