治療にまつわるフェイクニュースの罪深さ

桜井 抗がん剤治療を始めると、シャンプーのときに髪の毛がバンバン抜けるでしょう。私はあれを見て、「本当に体に入ったんだ」と感じたんですよ。薬って、効いているのかいないのか、わからないところがあるじゃないですか。

山崎 確かに、坊主頭になれば「効いて」いるのは実感できます。(笑)

桜井 それからは、抗がん剤治療中は、「血液中のがん細胞が薬にやっつけられていく」イメージトレーニングに励みましたね。

勝俣 そんなふうに、抗がん剤をすんなり受け入れる人は、少数派と言っていい。たいていの方は、「怖い」「効かない」といった強いネガティブイメージをお持ちで、納得して治療を始めてもらうのに時間と根気がいるものです。

桜井 何が怖いのかな?

山崎 やっぱり、「体の健康な部分まで傷つけられる」という恐怖心があるんじゃないかな。

桜井 でも、「健康じゃないから、薬で治しましょう」と言われているわけですよね。

勝俣 科学的にはそうなのですが、現実には、治療に対し非科学的な理解をされている方が多いです。非科学的で無責任な説を主張する専門家や、「抗がん剤を使うのは日本だけ」といった類いのフェイクニュースを堂々と流すメディアの罪も大きい。

山崎 私も「抗がん剤は毒」と書かれた書籍を書店で見て、おののきました。先生のところでも、治療を真っ向から拒否するような患者さんはいますか?

勝俣 はい。手術も薬も拒否。徐々にがんが大きくなって、心配になってまた来るのだけれど、治療を勧めてもやっぱり拒否。なかには、がんの塊が皮膚を破って出てきてから、ようやく納得した方もいました。「がんになっても一切治療するな」という暴論の罪深さが、わかっていただけるでしょうか。

桜井 放っておけば、それだけ治療のハードルは上がってしまう。

勝俣 抗がん剤の副作用を過度に恐れる気持ちもわかります。やっぱり、「壮絶な闘いをした」みたいな情報ばかりが溢れていますからね。

桜井 ゲーゲー吐きっぱなしとか。

勝俣 でも、それは10年以上前の話なんです。いまは吐き気止めのいい薬が出ていますし、そんなことはありませんよ。

桜井 山崎さんは最初、抗がん剤を嫌がっていたようですが、どうやって治療を納得されたんですか?

山崎 さっきお話しした「闘病記」の取材で、正しい情報を理解できたことが大きかったですね。診察室で深くまではなかなか理解できません。実は勝俣先生にも取材でお会いする機会があって、科学的根拠に基づく「標準治療」の意味などをレクチャーしていただきました。「抗がん剤は、確かに正常細胞にも影響するけれど、頑張って治療を受ければこういう効果が期待できる」と。そのときにはもう抗がん剤治療は終わっていたのですが、「自分の決断は正しかったんだ」と、治療に対して自信が持てました。

桜井 正確な知識を持つことで、考え方も変わりますよね。

山崎 今後も発信者として、自らの体験も踏まえて一般の読者に情報を伝えていきたいのですが、ファッション誌や美容雑誌は、あまり病気のテーマを取り上げてくれなくて。それがちょっともどかしいところではあります。

美容ジャーナリストとして活躍する山崎多賀子さん