「三舟の才」と称えられた公任

舟といえば、『大鏡』に記された、こちらの逸話も有名です。

道長たちが嵐山を流れる大堰川で舟遊びをしたときのこと。和歌、漢詩、管弦の三つの舟を浮かべ、その道を得意とする人を、それぞれの舟に乗せる。そんな趣向でしたが、多才な公任は、和歌はもちろん、漢詩にも管弦にも秀でています。公任をどの舟に乗せるべきか悩んだ道長は、公任自身に「どの舟に乗りますか」とたずねます。

公任は和歌の舟を選び、「小倉山 あらしの風の 寒ければ 紅葉の錦 着ぬ人ぞなき(小倉山や嵐山から吹きおろす風が寒いので、落ちてきた紅葉の葉を、誰もが錦の衣のようにまとっていることだよ)」という見事な歌を詠み、称えられたのです。

ところが、公任本人は、「漢詩の舟に乗ればよかったなあ。それで、同じくらいの出来の漢詩をつくれば、もっと名声が上がっただろうに……」と悔しがったとか。この話から、和歌、漢詩、管弦すべてに通じていることを「三舟(さんしゅう)の才」と呼ぶようになったそうです。

「三舟の才」と称えられた公任ですが、ご本人は、あの道長に、どの舟に乗るかと聞かれた(すべてに才能があると認められた)ことを何よりの誉れと思い、有頂天になったと『大鏡』は伝えています。ドラマでは近しい関係のように描かれていますが、実際のところはどうだったのか。最高権力者である道長との関係性が垣間見えるエピソードといえるかもしれません。

新緑の大堰川(渡月橋の上流を大堰川、下流を桂川と呼ぶ)。現代でも屋形船から景色を楽しむことができる