赤染衛門の和歌では、滝は枯れていなかった⁉

この「名古曽の滝跡」は、庭園の隅っこの目立たない場所にあります。「大覚寺には行ったことがあるけど、滝なんてなかったですよ」という人もいるのではないでしょうか。石組みが残っているだけなので、それとは知らずに通り過ぎてしまうことも……。恥ずかしながら、私も最初は気づきませんでした。でも、これが“あの名古曽の滝”の跡だとわかってからは、その場所がまるで違って見えてくるのです。

1000年前に、公任や道長、行成が、この滝跡の前にたたずみ、公任が歌を詠んだ――そう考えるだけで、ロマンを感じませんか。昔、一所懸命に百人一首を覚えたかいがありました。

ちなみに、公任と同時代の歌人、『光る君へ』では凰稀かなめさんが演じている赤染衛門(道長の嫡妻・源倫子の女房)も、この名古曽の滝を歌に詠んでいます。

あせにける いまだにかかり 滝つ瀬の
はやくぞ人は 見るべかりける

水の勢いは衰えてきたけれど、今でも岩にかかる滝の流れを、今のうちに見ておいたほうがいいですよ、といった意味なので、かろうじて滝には水が流れていたようです。

公任は「ずいぶん前に枯れた」、赤染衛門は「(そのうち枯れてしまうと思うが)今でも水は流れている」。同じ時代の同じ滝なのに「なぜ?」と思いますが、ともかく、歌心を誘う滝の景色だったことは間違いありません。

そして、恐らくは紫式部もこの大覚寺を訪れていたのではないでしょうか。なぜなら、『源氏物語』のなかで晩年の光源氏が出家生活を送った「嵯峨の院」のモデルは大覚寺だといわれているからです。