書くことが辛い時期を乗り越えて
今回の本もそうですが、今は小説を書くことがとても楽しいです。正直な話、48歳のときに『ホテルローヤル』で直木賞を受賞してからの数年間はちょっと辛かった。直木賞をいただいた後、「今後はよりエンタメ要素を強くして書いていかないと、プロとして3年持ちませんよ」という言葉も聞こえてきて、ドキドキしているうちに書くことが苦しくなっちゃって。
「書きたい」という私はいったいどこに行っちゃったんだろう?って。表現したいことと腕とオーダーがぜんぶバラバラだった時期でした。デビュー前よりずっとつらかった。
頭が締め付けられるような日々が続いて、あるとき、「いいですもう、わたしずっと素人で!」って思ったんですよね。不思議ですねえ、腹をくくるってああいうことを言うのかも。長いトンネルを抜けた瞬間は、窓の外の景色がとてもきれいに見えたのを覚えています。
同郷のカルーセル麻紀さんをモデルにした『緋の河』を書くときに、「好きなものを書いてください」と編集者に言ってもらえたこともあり、少しずつ自分の筆が戻ってきました。どんな逆境にも負けず、きちんと自分を持って生きている麻紀さんの生き方に励まされたのかもしれません。
麻紀さんの人生に少しでも近づきたいと、両手の指に真っ赤なマニキュアを塗って『緋の河』を書いているうちにどんどん元気になってきて。マニキュアって、いいものですね。いつも目に入る部分に、元気の象徴があるって大事だなあって思う。今回の『谷から来た女』のヒロインも常に赤い色を身につけている設定にしたのは、赤は主張のあるいい色だと思うから。鮮やかな赤が似合う人は自分をきちんと持っている気がする。私はやっぱり、そういう人が好きなんでしょうね。