故郷・北海道を舞台に、『ブルース』『裸の華』『緋の河』など、生まれ落ちた環境を受け入れ、生きる場所を自ら切り開いていく人の姿を描き続けてきた桜木紫乃さん。最新作『谷から来た女』(文藝春秋刊)では、アイヌ民族を父に持つ紋様デザイナー・赤城ミワをヒロインに、彼女に接した人の目線から、ミワの鮮烈な半生を描いている。2人のお子さんを育てる専業主婦時代に小説を書き始め、36歳で文芸誌の新人賞を受賞。42歳で初の単行本を出版し、遅咲きの作家デビューを果たした桜木さんは、還暦を目前に控えた現在、どんな思いで執筆活動を続けているのか。子育て終了、親の介護、夫の関係など、私生活が心に及ぼしている影響についてもお話を伺った。(構成◎内山靖子 撮影◎本社 奥西義和)
原点回帰でリベンジを
今回のヒロイン・赤城ミワの背中には、アイヌ紋様の刺青が鮮やかに広がっています。実は、単行本デビューする前からずっと書きたいと思っていて、何度か挑戦していたんです。作中、娘を守るため、父親が娘の背中に彫り物を入れています。我が子に意志を背負わせる、という象徴的な意味でもあります。でも、何度書いてもボツでした。当時の私の力量では、筆が追いつかなかったんですね。
そのヒロイン像がずっと頭の中に残っていて、今回、当時の担当だった編集とのタッグということもあり、頼み込みました。「原点回帰でがんばりますので、もう1回書かせてください」って。今回の表紙カバーに使われた作品を作って下さった、アイヌ紋様デザイナーである貝澤珠美さんと知り合えたことも大きかったです。
一緒にご飯を食べたりお酒を飲んだりしているうちに、忘れられない言葉も聞くことができました。彼女いわく「シサム(和人)にもいろんな人がいるでしょう? アイヌにもいろんな人がいるんです」。ああ、と思いました。これ、書かなくちゃって。それで、20年前の自分に問う気持ちも生まれて『谷から来た女』を書きました。
ヒロインの背中の彫り物はエゴであり愛であり、自分を知る手掛かりでもある。背中は、自分で眺めることの出来ない場所でもあります。その解釈は読んでくださった方それぞれの胸に委ねますが、30代の頃よりは上手く書けたんじゃないかと思います。若いときは、とかく恋愛の話にまぶしがちでしたけど、還暦を目前に、この年齢ならではの1行が入ったような気がします。長年の思いが1冊にまとまって誰かの手に届くなら、こんなに嬉しいことはありません。