両親の存在

仲の悪い夫婦ではなかった。父は夫としても親としても問題のある人物だが、母と父はある種の同志として強い結びつきがあった。それでも、映画雑誌の編集者として活き活きと働いていた母が結婚を機に仕事を辞め、専業主婦として父と私の生活を支える側にまわったことに、私は静かに怒っているのだ。たとえそれが母の選択だったとしても。

十分な愛情を私に注ぎ、生活すべてをケアしてくれた母に対する恩は計り知れないほどあれど、結婚せず働き続けていたら、もっと自分らしく生きられたのではなかろうかと思わずにはいられない。ある時から私は、「母が選ばなかったほうの母の人生」を生きている自分に気が付いた。

生前の母が、「あー、3000万円あったら離婚したいわ!」と悪ふざけで言ったのを覚えている。働き続けていたら、3000万円などなくとも離婚できただろう。だが当時は、結婚したら女は仕事を辞めるものだった。

私が小学生のころ、母が週に1度だけ外に働きに出ていた時期があった。家に誰もいないのがつまらなく、仕事を辞めてと懇願した記憶もある。あんなこと言わなければよかった。母にとって、妻でも母でもない自分の輪郭を確かめられる貴重な時間だったろうに。

母が学生時代の友人から旧姓で呼ばれるのも好きではなかった。知らない母がいることが不安だったから。しかし、父と夫婦になる前の母は当然存在していたのである。結婚が、それをプツリと切ってしまったように思えてならない。


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年齢を重ねただけで、誰もがしなやかな大人の女になれるわけじゃない。思ってた未来とは違うけど、これはこれで、いい感じ。「私の私による私のためのオバさん宣言」「ありもの恨み」……疲れた心にじんわりしみるエッセイ66篇