「土地には住んでみよ」

それにしても、親戚もいない、もともと縁もゆかりも無かった土地に、一人で移住するのって、寂しくないですか?

「全然、寂しくない。私、一人で過ごすの苦じゃない。逆に、寂しいのも楽しい。それに、京都は個人商店の町。一人暮らしでも寂しくありません」。元同僚や知人らで、退職して京都に移住した人が何人もいます。彼ら彼女らと、京都でも時々会っています。一緒に市民農園を借りて、畑仕事も楽しんでいます。

「あと、東京からみんなが遊びに来る」と、志帆さんは苦笑します。東京の友達や元同僚が、こぞって京都に来たがるそうです。それじゃ寂しがる暇もないかもしれません。これが他の地方都市なら、わざわざ会いに行く人は少ないでしょうけれど、さすが京都です。

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人生ほんとうに塞翁が馬、何が起きるか分かりません。志帆さんは3年半前まで、京都には住んだこともなく、京都で家を購入することになろうとは、思いも寄りませんでした。「関西転勤にならなかったら、それがコロナの時期じゃなかったら、京都に住もうなんて考えなかった」と振り返ります。

そして「京都に住まなかったら、京都に家を買いたいなんて思いもしなかった」。結果的に会社のおかげで、志帆さんは、定年後に住みたい場所に出会えたわけです。しかも、京都といえど地方都市。支出面では、東京よりは低く抑えられるでしょうから、年金暮らしになった時の家計の収支を考えれば、悪い選択じゃないでしょう。

「馬には乗ってみよ、人には添うてみよ」とは結婚についての箴言ですが、同様に「土地には住んでみよ」ですね。住んでみたら、そこが「約束の地」だったと気付くことがあります。「住めば都」ですが、住まなければ、自分にとっての「都」が見つかりません。転勤族も悪いことばかりじゃないですね。

もっとも、志帆さんの京都のように、「ここだ」としっくりくる土地に出会える人は多くはないでしょう。いろいろ見過ぎ、知り過ぎ、経験し過ぎて、ここもいい、あそこも住みたいと、かえって絞れなくなってしまう人もいます。はい、モトザワのことです。いやはや困ったものです、苦笑。

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