時代の記録として残したい

『婦人公論』でエッセイの連載を始めたのは、コロナは一向に収まる気配がないとドンヨリしていた最中でしたので、前半は鬱々とした空気感が漂っています。でもそれはそれでリアルな日常でしたから、日記みたいに記録しておきたいという気持ちがありました。私たちは何でもすぐに忘れてしまうけれど、コロナは怖かったというだけで通り過ぎてしまってはいけないと思うのです。たとえば私は、身内が次々と重病になったこともありましたが、いつ何が起こるのかわからない世の中に生きているんだと思い知らされ、フツーの毎日がどんなにありがたいものだったのか実感しました。とは言え、イギリスでのコロナ体験と日本のそれには温度差があった気もします。

もちろん日本も大変だったと思います。でも日本では緊急事態宣言が発令されたものの外出制限は要請で、罰則を伴うロックダウンではありませんでしたよね。イギリスは厳格なロックダウン政策が発出され、公園でベンチに座っているだけでも警察官に怒られるという日々が続きました。あの時の閉塞感による辛さを日本の人たちに理解してもらうのは難しいように思います。特に私は外で人と会って会話を交わすのが好きなので、誰とも会えない、話せない日々がキツくて、実際にメンタルが病みかけました。リモートを通じて人と話すことはできましたけど、それだけになるのはやっぱり違うと思った……。「自分がコロナ禍を忘れていたことを思い出す」ための本になっていればいいと思います。

ロックダウンが解除されてからもコロナ禍の影響は尾を引きました。連載中にウクライナ戦争も始まったり、混乱した時期でした。海外からの郵便が届かないとか。それから物価高で貧困が広がって。イギリスの地べたで暮らす人たちの生活ぶりを通して、動乱の時代を生きる人たちの危機感や行動力が伝わったらとも思います。日本はよくも悪くも、少し遅れてイギリスを追っているような気がします。イギリスでの生活費危機や地域、教育問題などが時間差でやがて日本にも起こる。だとすればイギリスはどうだったのか参考にしない手はありませんよね。