紺野(こんの)夏夫 日館(にっかん)大学芸術学部一年生
〈カラオケdondon〉アルバイト店員
乗り換えはあるけど、電車でまぁ一時間も掛からないで大学に通ってる。早かったら四十分ぐらいだ。
ずっと思っていたけど、埼玉と東京っていうのは、近所なんだ。
もちろん埼玉も東京も広いから、端っこから端っこだったら乗り換え含めて二時間ぐらい掛かっちゃうような場合もあるけど、うちから大学までは一時間ぐらい。
全然、普通に毎日通える。真面目に毎日通ってる。
ただ、〈カラオケdondon〉にはちょっと通いづらくなった。講義で遅くなることもあるしね。でも、大学生だから閉店までずっとバイトできる。それで、時間的にはトントンかな。
筧(かけい)さんは、無理しないで大学の近くでバイトを探してもいい。うちよりずっと時給の高いバイトはいくらでもあるんだからって言ったけど、それはちょっと義理を欠くんじゃないかって思う。〈カラオケdondon〉でバイトしたい高校生が見つかったとかならあれだけど、今のところはいないみたいだし。
お金の心配も、多少はなくなったし。元々母さんの給料で最低限の生活はなんとかなっていたし、父親が残してくれた生命保険のお金で、俺の学費も余裕で払えるようになって生活費の心配も当面はなくなった。
後は、俺が大学を卒業してきちんと職に就いて一人で、いやおふくろを助けて生きていけるようになればそれでオッケー。
「そんなふうに言うとあれだけど、お父さんも最後の最後にいいことしたよねって今になって思っちゃうよね」
みちかが言う。まぁそんな感じになっちゃうよな。
「おふくろには言えないけどな」
「言わないでよ!」
「言わないよ」
言わないさ。正直、俺はあの男が死んでもなんとも思わなかった。確かに親父と呼ぶこともないまま会えなくなったのかって少しだけ淋(さび)しさみたいなものはあったけど、きっとペットの犬が死んじゃうよりはるかにずっと軽い淋しさみたいなもの。
でも、おふくろには違うんだよな。愛した男が死んだんだもんな。それはもう、俺も素直に受け入れてる。おふくろがこれ以上悲しい思いをしないように、させないように俺が頑張らなきゃなって。
でも、良かったよ。みちかとお隣さんになって。