〈カラオケdondon〉の奥まった一室。そこは通称〈バイト・クラブ〉のための部室。ここの部員になるための資格は、【高校生の身の上で「暮らし」のためにバイトをしていること】。尾道広矢は三十五歳のグラフィックデザイナー。〈バイト・クラブ〉に深く関わる人物だ。

〈前回はこちら


尾道広矢(おのみちこうや) 三十五歳 グラフィックデザイナー
〈尾道グラフィックデザイン〉代表

 高校を卒業してから十七年間。
 大学は東京に行っていたけれども、家はお互いに変わらず地元だったのにもかかわらず、一度もバッタリ会ったことなんかなかった。
 クラス会は今までに四回やって二回は出席したけれど、そこでも会わなかった。後で話を聞いたら、たまたまなんだけれど俺が出席したときは欠席して、俺が欠席した回には来ていたらしい。
 そんなもんなんだろうな、って思っていた。
 結局、縁がなかったというのは、そういうことなんだろうって。
 十七年間そうやって一度も顔を合わせることも、後ろ姿を見かけることもなかったのに、バッティングセンターで気持ちよくボールを打っていたら、隣りのゲージに見事なスイングをする女性がいるなと思ったら彼女だったというのは、驚くよりも笑ってしまった。
 その笑い声に気づいたらしく、振り返ってこっちを見た彼女も、笑っていた。
 笑っても、ボールはお互いにまだ飛んでくる。慌ててお互いにバットを構えて、打つ。打つ。打つ。
 女性なのに、そして野球の経験なんかないはずなのに、彼女のゲージからいい音が響いてくるのは、たぶん高校時代はテニス部だったせいじゃないか。
 何かを構えて横のスイングをすることに慣れているからじゃないかと思いながら、こっちもいい音を響かせていた。
 元は高校球児だ。
 衰えてはいるし、朝野球ももう四年ぐらいやっていないけど、まだまだバッティングセンターでほぼ全球打ち返すぐらいは、できる。