〈カラオケdondon〉の奥まった一室。そこは通称〈バイト・クラブ〉のための部室。ここの部員になるための資格は、【高校生の身の上で「暮らし」のためにバイトをしていること】。紺野夏夫は高校三年生で〈カラオケdondon〉の店員。そして、〈バイト・クラブ〉の部員第一号だ。

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紺野夏夫 県立赤星高校三年生 

〈カラオケdondon〉アルバイト店員

 

 そう、ここのバイト。

 ユニフォームなんてものはないけど、店員だっていうのがわかるように白いシャツにこの黒のボウタイをするんだ。

「蝶ネクタイ?」って言ったら、「これはボウタイって言うんだ」って筧(かけい)さんに教えられた。

 知ってた? そうか、俺は知らなかった。

 筧さんの私物なんだってさ。当面の間、ここのバイトは俺一人しか雇わないから、ずっと使っていいって。

 ここそんなに大きなカラオケボックスじゃないからさ。

 筧さんと奥さんと俺の三人で充分なんだ。奥さんは厨房(ちゅうぼう)にいるよ。ここの料理や飲み物は大体奥さんが作ってる。後は、近所のお店からの出前ね。

 出前だよ。メニューの中華っぽいのは全部出前。そうそうそこの〈香州(こうしゅう)〉からの。提携ってことでやってるんだって。カレーとかアイスクリームとか、ここで作れるものは作ってるけどね。

 あ、そう、このYシャツは高校の制服のまま。

 白いYシャツは学生服の下に必ず着るんだから、学校から〈カラオケdondon〉に来たら、上着を脱いでボウタイを付けたらそれでオッケー。

 そういうふうに見えるだろ? わざわざ家に帰って着替えて来なくてもいいから、学校からまっすぐ来られて楽でいいんだ。時給も稼げるしね。

 シャツはそのまま奥さんが洗濯してくれることがあるし、学生服もクリーニングに出してくれることもあるんだ。

 や、クリーニングから返ってくるまでは、筧さんの息子さんの学生服を貸してくれるから大丈夫。

 息子さんはもう結婚してて東京に住んでいるんだってさ。

 カラオケとは何の関係もない、なんとかって製薬会社で薬の研究してるんだって。鳶(とんび)が鷹(たか)を生んだんだって嬉しそうに言っていた。そして息子さんは実は俺の高校の、赤星(あかほし)高校の先輩で同じ制服だから全然バレない。

 すっげえ便利だろ。

 晩飯も作ってくれるし、好きなものを飲んでいい。もちろん酒はダメだけど。バイト代から引かれたりはしない。本当に助かる。

 どうしてそんなにしてくれるのかって思ったけど、筧さんは「それが〈バイト・クラブ〉だからだ」って。