ハルは玉蘭の言葉がうまくききとれなかったので小声できいた。
「シンプアーって?」
 玉蘭は、ハルが持っていた鉛筆を手に取ると、ノートにきれいな字で「媳婦仔(シンプアー)」と書いた。
「媳婦仔というのはね、日本語なら、養女と許嫁が一緒になった感じかな。将来、家の男子の妻にするために結納金を払って幼い女の子を家に引きとり育てる習慣のことよ。問題なのは、女の子は養家の所有物になるから、一切の自由がないってこと。もちろん結婚したくないっていうのもだめだし、離婚もできない」
 衝動的にハルは「そんな野蛮なことがほんとうにいまでもあるの!」といった。  
 玉蘭はハルの目を見返すと、内地にだって人身売買や遊廓はあるでしょ、ときつい口調でいいかえした。
 そうだった。考えてみれば、不況下の農村の娘身売りが問題になって久しいし、妹の小鈴も広島にいる母さんだって結婚生活が破綻していても離婚できていない――。
 いま玉蘭にかけた言葉が、あまりにも傲慢なものいいであったと気がついて、ハルは目を伏せる。ほんとうにごめんなさい、と玉蘭の肩に手を置いた。
 ちゃんと反省した? と玉蘭はきびしい目でハルを見る。
「わかればいい。わたしだっていいことだなんて思わないよ。媳婦仔はね、養家次第で人生がまったく変わるの。いい養父母にかわいがってもらえたらいいけど、ひどい家に入ったら、その家の子どもが大切にされるなかで、学校にもいかせてもらえず、奴隷同然の暮らしになる。この子も――」
 そこで玉蘭は、急に言葉を止めて上を向いた。玉蘭の言葉には強い感情がこもっていて、ハルは思わず玉蘭の肩をさすった。よく見ると、目じりにうっすらと涙すら浮かべている。ハルがハンカチを差しだすと、玉蘭は、大丈夫、といって指で涙を拭った。それから、またシャオリンに話を続けるようにうながした。