シャオリンの養父母は、台中の学校に通わせるというシャオリンの生家とした約束をまったく守らなかった。朝まだ暗いうちから、炊事洗濯にこき使い、ほんとうは店をまかされている将来の夫である長男が近くのカフェーに遊びにいくたびに店番を押しつけられている。養父母はシャオリンが勉強することを快く思っていないが、シャオリンは絶対にこの教科書だけは手放したくない――そう玉蘭はいって、大きなため息をついた。
 ハルは身を乗りだしてシャオリンにきいた。
「ねえ、だれがあなたに本を読めといったの?」
 シャオリンはハルの顔を見て「お母さん! 女の子はこれから勉強が必要だって」と目を輝かせた。こぼれるような笑顔。日本語で説明できないのがもどかしそうで、玉蘭に台湾語でたたみかけるように話している。
 そのとき、シャオリンが急にけわしい表情になった。ハルがふりむくと、市場の入口からあのお腹のでた中年の男が、気怠げに歩いてくる。ハルは、たったいまシャオリンが見せてくれた子どもっぽい表情があっという間に曇っていくのを切ない気持ちでみつめる。
 しかし、シャオリンはそんなハルの感傷的な気分を吹き飛ばすように、さばさばとした様子で「おねえさん、今日は卵十個! たくさん話して疲れた」と手早く袋に卵を入れて、押しつけるようにハルにわたした。
 

(続く)

この作品は一九三〇年代の台湾を舞台としたフィクションです。
実在の個人や団体とは一切関係ありません。