昼を過ぎても阿岐本は部屋から出てこない。
 日村は昼食をどうするか訊きにいくことにした。
 ドアをノックすると、「何だ?」という声が聞こえてきた。いつもなら「入(へえ)んな」なのだが……。
「昼食はどうされますか?」
「ああ、今日はいい」
 やはりドアは開かない。
「お加減でも悪いんじゃないですか?」
「だいじょうぶだ」
 それきり返事はない。
 仕方なく日村は「わかりました」とこたえてソファに戻った。
 健一が気がかりな様子で日村に言った。
「オヤジは、どうされたんですか?」
「おそらく考え事をなさっているんだ。邪魔しないようにしよう」
「考え事……? 目黒の伊勢元町のことですか?」
「たぶんそうだろう」
「何をお考えなんでしょう」
「知らん」
 それきり、健一は何も訊いてこない。日村がぴりぴりしているのが伝わったのだ。
 午後になっても、阿岐本は奥の部屋から出てこなかった。普段なら、日に何度かは顔を出す。やはり、普通ではないのだ。
 午後四時になろうとする頃、永神が訪ねてきた。
「お疲れさんです」
 日村は言った。「オジキ、オヤジに用ですか?」
 永神がこたえた。
「アニキに呼ばれたんだ。奥かい?」
「朝からずっと部屋に籠もったきりなんです。昼飯も召し上がってません」
「そうか……」
 日村は奥の部屋のドアをノックして告げた。
「永神のオジキがいらしてます」
「そうか。もう一人、お客がおいでの予定だから、そこで待つように言ってくれ」
 やはりドアの向こうからの返事だ。
 客とはいったい誰のことだろう。とにかく言われたとおりにするしかない。
「わかりました」
 日村はそうこたえ、永神に来客用のソファをすすめた。