義理人情に厚いヤクザの親分・阿岐本雄蔵のもとには、一風変わった経営再建の話が次々舞い込んでくる。今度は町の小さなお寺!? 鐘の音がうるさいという近隣住民からのクレームに、ため息を吐く住職。常識が日々移り変わる時代のなか、一体何を廃し、何を残すべきなのか――。
21
翌日の朝、若い衆が事務所の掃除をしていた。日村はいつものソファだった。
阿岐本は自宅から降りてきたが、そのまま奥の部屋に閉じこもっていた。一人で考え事をしているのかもしれない。
あるいは、誰かと連絡を取っているのか。
阿岐本が顔を出さないので、事務所の中には緊張感が漂っていた。若い衆もこれが何かの前兆ではないかと感じ取っているのだ。
喧嘩の準備をしているのか……。
日村はそんなことを思っていた。若い衆にはまだ何も伝えていない。日村の口から言えることではない。
喧嘩をするというのは命を差し出せということだ。若い衆にそれが言えるのは、親分の阿岐本だけだ。
稔と真吉が朝食の準備をしている。彼らも口数が少ない。阿岐本は、すでに朝食を済ませているのか、やはり奥の部屋から出てこようとはしない。
日村は若い衆といっしょに朝食をとった。午前中は何事もなく時間が過ぎていった。電話も滅多に鳴らない。
日村はソファに腰かけ、週刊誌を眺めていたが、やはり落ち着かなかった。いっそのこと「喧嘩の準備だ」と命じられたほうが気が楽だ。
事務所の中の緊張感は、時間を追うにつれて高まっていく気がする。