車は約束の時間よりかなり早く到着した。午後六時四十分を過ぎたところだ。
「大木さんたちはまだかもしれませんが、先に一杯やってましょうか」
 阿岐本が言うと、多嘉原会長がこたえた。
「いいですね。景気づけといきますか」
 それを聞いて、これはいよいよ喧嘩だと日村は思った。
 出入りのときには、景気づけだといって酒をあおる。実をいうと、酒の勢いでも借りなければとてもカチコミなどできるものではないのだ。
「あら、いらっしゃい」
 カウンターの中からママのエリさんが声をかけてきた。「阿岐本さんだったわね」
「今日は、俺の先輩もいっしょだ」
「多嘉原と申します」
 丁寧に頭を下げる。
「日村さんもいっしょなのね。今日は真吉君は?」
 日村はこたえた。
「留守番です」
「あら、残念」
 真吉の魔法は健在だ。
 まだ時間が早いのか、店の中には日村たち以外に客はいない。
 多嘉原会長とともにカウンターのスツールに座ると、阿岐本がエリに言った。
「大木さんたちと待ち合わせをしているんですが……」
「あ、そうなの」
「今日はしばらく貸し切りにしたほうがいいと思います。他のお客さんに迷惑をかけたくねえんで……」
 エリはあれこれ質問せずに「わかった」と言った。カウンターの中にいたマスターのエノさんが、何も言わず出入り口に向かった。「貸し切り」の札でも出しに行くのだろう。