「永神のやつめ……」
 阿岐本がつぶやいた。「早とちりしやがったな……」
 大木と原磯も、話の展開について行けず、目をぱちくりさせている。隣のボックス席の谷津や甘糟たちも凍り付いたように動きを止めていた。こちらの席のやり取りに耳をすましているに違いない。
「改めて挨拶させてもらうよ。阿岐本だ。よろしくな」
 高森はぺこぺこと頭を下げた。
「あ、恐縮です」
「こちらの大木さんとは、ちょっと付き合いがあってね」
 多嘉原会長がその言葉を補う。
「昔から大木さんとこの神社の縁日で、俺たちテキヤが世話んなっててね。まあ、このご時世だからそれもままならなくなってきて……。阿岐本さんにそんな話を聞いてもらっていたわけだ」
「はあ……」
「……で、その大木さんに、何か取引の話を持ちかけているらしいね?」
 高森は、大木と原磯を見てからこたえた。
「いや、まあ、それは……」
「神社を誰かに売ろうって話らしいじゃねえか」
 多嘉原会長の問いに、高森はたじたじだ。
「あ、はい……」
「でも、大木さんは、売る気はねえとおっしゃっている。シノギに口出ししたかねえが、無理強いはいけねえな」
 高森は言葉もなくうなだれている。
 阿岐本が言った。
「しかも、神社を売る相手は中国人だそうじゃねえか」
 高森がぱっと顔を上げて、阿岐本と多嘉原会長の顔を交互に見た。
「仕方がなかったんです」
 阿岐本が聞き返す。
「仕方がなかった? そりゃどういうことだ?」