広沢池の夏の風物詩 お盆の灯籠流し

平安時代末期から鎌倉時代になっても、広沢池は観月の名所として愛されました。たとえば、『小倉百人一首』の選者、藤原定家はこんな歌を残しています。

「散る花に 汀(みぎは)のほかの 影そひて 春しも月は 広沢の池」

山影を映す池。高い空。飛び交うサギ……。このあたりの田園景色は、今でも平安時代の面影を残しているといわれます。池を囲むように植えられた桜並木も美しく、散策にはうってつけの場所。私も犬を連れて、広沢池のあたりをよく散歩するのですが、「この景色を道長や紫式部も見たのだろうか……」と、いにしえの昔に思いを馳せています。

ただし、現在、池畔に遍照寺の痕跡を見つけることはできません。寛朝僧正亡きあと、寺院は次第に衰退し、応仁の乱で廃墟に。幸い、江戸時代後期に復興されたそうです。

暮れゆく空の下の広沢池の写真
絵のように美しい広沢池 暮れゆく空の下、灯籠流しが始まる

現存する遍照寺は、広沢池から少し南に下った住宅街にあります。お寺の場所は変わっても、毎年、お盆には、「広沢池といえば遍照寺」と思わせる行事が行われます。それが、遍照寺の灯籠流しです。

京都のお盆といえば、8月16日に行われる「五山送り火」が有名です。全国的に知られているのは、東山に浮かび上がる「大」の字ですが、ほかにも松ケ崎の「妙・法」、西賀茂の「船形」、左大文字山の「大」(左大文字)、そして嵯峨の「鳥居形」があり、それぞれに趣と風情があります。

「送り火」は単なるイベントではなく、お盆にお迎えした精霊を冥界へと送る仏教行事。ご先祖さまの精霊が無事に帰れるよう、あの世へと通じる道を照らす意味で始められたといわれています。

嵯峨嵐山界隈では「鳥居形」がよく見えますが、この「送り火」の夜に、広沢池では灯籠流しが行われるのです。

ご先祖さまの名前を書いたお札を乗せた、色とりどりの灯籠を池に流して、僧侶の読経とともに供養する。池なので、流すというよりも、水面に漂うという感じなのですが、慰霊の灯籠の灯りの揺らめきと、夏の夜空に浮かぶ「鳥居形」の「送り火」が、なんとも厳かで美しいのです。

同じ夜、渡月橋付近でも灯籠流しが行われていて、観光客にも人気があります。ですが、広沢池のほうが、落ち着いてご先祖さまを見送ることができる気がします。