「休日には、たびたび仕事の同僚や、留学生仲間たちと銀座にいったものさ。贅沢できるような給料ではなかったが、わたしたちは四人一部屋で節約していたから、街でちょっとした買い物くらいはできたんだ。なかでも映画や洋食屋にはよくいった」
――悪い予感がする。
「三越のショーウィンドウの前にひとだかりができていたから、思わずのぞきこむと、なんと台中で会ったあの凜々しい断髪の女の子が威勢のいい啖呵を切っていたんだ。よく似合った流行のワンピースを着て、軽薄そうな男たちをものともしないで。そんな『モダンガールのおハル』の勇姿は、だれだって一度見たら忘れないさ」
懐かしくも恥ずかしい東京にいたころの通り名を、まさか百合川の口からきくとは思わなかった。いったい、いつ百合川に見られたのだろう。キザなポマード男を蹴飛ばしたときか、映画館で肩に手をかけてきた大学生を投げ飛ばしたときか、喫茶店で声をかけてきた自称舞台俳優をコテンパンにしたときか、それとも――。だめだ、思い当たるふしがありすぎる。