ハルは百合川の手から小瓶を奪うようにとると、ぐいっと一息でのむ。

「お嬢さまには、かないませんね」

 アルコールで歪んだ視界の奧で、百合川が少し困ったような顔をした気がしてハルは目を擦る。そんなわけはない。

「なあ、お嬢さまはやめてくれ。せめて、編集長、いや、できたら玉蘭のように、秀琴と呼んでほしい」

 いつになく弱気な百合川の声をきいて、ハルはまちがいではなかったと気がついた。

 ――玉蘭だってあなたのいないところではいつも「小姐(おじょうさま)」ですよ。

 そう心のなかでつぶやいてから、ハルは、口をとがらせて思いっきり嫌味な声でいった。

「絶対、いやです」

 あたしにも、気まぐれな編集長の命令に従わない自由がひとつくらいあってもいい。

(続く)

この作品は一九三〇年代の台湾を舞台としたフィクションです。
実在の個人や団体とは一切関係ありません。