一九三三年、日本統治下の台湾。ある事件により東京の雑誌社をクビになった記者・濱田ハルは、台中名家のお嬢様・百合川琴音のさそいに日本を飛び出し、台湾女性による台湾女性のための文芸誌『黒猫』編集部に転がり込んだ。記事執筆のため台中の町を駈けまわるハルが目にしたものとは――。モダンガールたちが台湾の光と影を描き出す連作小説!

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表通りにでると、街は美しい夕焼けに包まれていた。

 オレンジ色に染まった柳川の欄干に、ハルは子どものころに、妹の小鈴の手を引いて歩いた元安川(もとやすがわ)の風景を思いだす。いま、隣を歩くのは百合川琴音だ。また駅の向こうの櫻町に住む友人を訪ねるとかで、ハルは固辞しようとしたが失敗して一緒に帰ることとなった。休んだ間の仕事を片付けなきゃ、といって玉蘭は編集部に残った。

 無言のまま大和橋をわたる。背中からレコードの軽快な音色がきこえてきた。そろそろ川沿いのカフェーも店を開くころなのだろう。

 ひとで賑わう櫻橋通りをカフェーダイヤの手前まできたところで、百合川がひとりごとのようにつぶやいた。

「記事がでたあとにシャオリンが編集部を訪ねてきた。一日、卵五個では安すぎる、とね。半年続いたらそれなりの額になるはずだが、といっても納得しないので、わたしがあいつの養父母と話をつけて、店番の代わりに編集部にきてもらうことにしたんだ。もちろん給金は払うといってな」

 百合川が返事を求めているようでもないので、ハルは無言で歩き続ける。