ハルの住む大正町二丁目は櫻橋通りの西隣の新盛橋通りに面しているので、どこかで右折しないといけない。どこで曲がろうか、と考えていると、百合川が中央書局の建物の角をさっと右に折れたので、そのままついていく。

 駅の向こうにいくなら直進でいいのに、なんだかんだちゃんとあたしのことも気にしてくれてるんだ――。

 ハルがそう思って、密かに顔をほころばせた瞬間、百合川がぱっとふりむいて、偽善だと思うか? ときいた。

 あわててハルは緩んでいた顔をひきしめる。これは、さっきのひとりごとの続きなんだと気づくまで少しだけ時間がかかった。百合川は、シャオリンを編集部で雇うということについてきいているのか。その声は思いのほか不安そうだった。

 銀座を歩くモダンガールのおハルならどう答えるだろう。一瞬、そう考えてハルは思いきって言葉を返す。

「ええ、お金持ちのお嬢さまの道楽です。実際、シャオリンが養父母に逆らえないのは変わりないんだし」

 百合川は、やっぱりそうか、とぽつりといった。

 その百合川の気落ちしたような表情をじっくりと観察してから、一呼吸おいてハルは笑みを浮かべる。

「でも、それのどこが悪いんですか? あたしの記事で同情が集まってもシャオリンの状況は変わらなかったし、むしろ本人ががっかりする有様です。玉蘭がこれから記事を書くようになるなら新しい編集補佐を雇うことは別に問題ないでしょう。だいたい、あたし、会計のことなにも知りませんよ。玉蘭の卵料理が食べられなくなると思うと残念ですけど」

「きみもずいぶん性格が悪くなってきたな」と百合川は腹立たしげにいった。

 ハルはすかさず「お嬢さまに影響されただけです」と答える。