堤が見据えた流通改革がもたらすもの

このことに関わって、堤のマージナル産業論が、以下のような論理で1960年代的な流通革命像を否定した点が注目される。

すなわち、1960年代の流通革命は、資本の論理によって流通産業の「近代化」をめざしたもので、後発工業国日本では、生産部門に比べて発展が立ち遅れてきた流通産業を「近代化」していくことはたしかに必要である。

しかし、流通革命がめざす大量流通は、画一的な大量消費を求めることにつながり、それは生活様式の画一化をもたらす資本の論理にほかならない。本来、生活様式は多様で個性的な人間の論理に立脚すべきで、資本の論理を貫徹させるべきではない。

資本の論理の貫徹による「近代化」こそが人間の幸福を約束する、という前提そのものが、大きな誤りなのである。堤はこのように説いて、流通革命の隘路を強調した。

 

参考文献:
老川慶喜(2024)『堤康次郎――西武グループと20世紀日本の開発事業』中公新書
御厨貴・橋本寿朗・鷲田清一編(2015)『わが記憶、わが記録――堤清二×辻井喬オーラルヒストリー』中央公論新社
由井常彦(1991a)『セゾンの歴史――変革のダイナミズム』上巻、リブロポート
由井常彦・田付茉莉子・伊藤修(2010)『セゾンの挫折と再生』山愛書院
加藤健太・大石直樹(2013)『ケースに学ぶ日本の企業――ビジネス・ヒストリーへの招待』有斐閣
堤清二(1979)『変革の透視図――流通産業の視点から』日本評論社
由井常彦編(1991b)『セゾンの歴史――変革のダイナミズム』下巻、リブロポート

 

※本稿は、『消費者と日本経済の歴史 高度成長から社会運動、推し活ブームまで』(中公新書)の一部を再編集したものです。


消費者と日本経済の歴史 高度成長から社会運動、推し活ブームまで』(著:満薗 勇/中央公論新社)

応援消費やカスハラなど、消費者をめぐるニュースが増えている。本書は、消費革命をもたらした1960年代から、安定成長期やバブル、そして長期経済停滞までを消費者の視点で描く。生産性向上運動、ダイエー・松下戦争、堤清二とセゾングループのビジョン、セブン‐イレブンの衝撃、お客様相談室の誕生などを通し、日本経済の歩みとともに変貌していく消費者と社会を描き出す。