財産を渡したい人と渡したくない人

私の知り合いに、私より10歳年上で、大企業でその有能さを認められ出世した女性がいる。当時としては珍しいことだったが、聡明で人柄が良く、困難な仕事にも立ち向かっていた。彼女は一人っ子で独身。定年退職後に両親は他界し、両親が住んでいた家をリフォームして一人で住んでいる。彼女は70代になると自分が亡くなった時、両親の残した財産と自分の財産、そして先祖代々から伝わる価値のある遺品を、親戚の若い人たちに渡したいと考えた。

私とはあまりにも違いすぎて、「うらやましい」という感情がおきない。私は借金まみれのまま難病に倒れた父、その借金を被った母、統合失調症で働けない兄と暮らしていたため、自分の稼いだお金を家族に渡さなくてはならなかった。家族が裕福だったら、金銭的に苦労しない老後を過ごせたと思っている。そんな話をしても、彼女には想像できないようで、財産があることの大変さを相談してくるのだ。

私は、「『遺贈』はどうですか?遺言を書いて、社会的に貢献している団体に寄付をしたら…」と言った。しかし、彼女は「私は子供がいないから、血縁のある人に渡したい」と言うのだ。

私は、後見人制度について学ぶセミナーに参加した時のことを思い出した。身なりの良い80代後半と見える男性が、杖をつくというよりも、杖にすがるようにしてセミナー会場に入ってきたのだ。係員は驚いて、支えるようにして前の席に座らせた。

その男性は、「息子が『遺言を書け』と言って弁護士を連れてきた。息子に財産を渡したくない。後見人についてもらうと戦えるのか?」と言い出した。

係員は、「初歩的なセミナーで相談会ではないのですが、ご参考になればと思います」と説明していた。

セミナーが終わるとその男性は、「ありがとう。とにかく息子には財産を渡せない」と言って、また杖にすがるようにして帰った。「息子に財産を渡したくない」という執念が、杖よりも強く、この男性を支えているように思えた。血縁のある人に財産を渡したくない人もいるのだ。

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