当時もおふくろの運転は安全で、隣に乗っていてヒヤッとしたことは一度もありませんでした。でも、感覚が鈍ってきているのだろう、と思うしかなかった。おふくろはまもなく86歳。いくら鉄人だって、86になれば衰えは出てくるものだ。とにかく何がなんでも返納させよう。へこんだドアを見ながら、そう決意しました。

 

話せばわかるという希望は持たないほうがいい

はっきり覚えていないんですが、次か、その次に実家に帰ったときに、車の前のほうに傷がついているのを見つけました。小さな傷だったんですよ。でも、「これ目立つよ、直さないとまずいんじゃない? 知り合いで安く直せるところがあるから、ちょっと修理に出してくるよ」。そう言って、車を持ち出しました。直すつもりも、家に戻すつもりもなかった。

年老いた親をだますなんて、最悪だなと思いました。おふくろは、オレが鳴かず飛ばずの頃から応援してくれた唯一の人。でもほかに方法がなかった。オレは永遠のマザコンだし。だから、この人は親なんだけど親じゃない、世の中に迷惑をかけている困った老人だと思おうとしました。

母親に免許を返納させることができるのは、自分だけしかいないとも考えた。ロックなんていう社会に対する責任から一番遠い世界で生きてきたけど、自分自身が父親になったために、責任感が出てきちゃったんだな、きっと。(笑)

車は処分してしまい、おふくろの催促をのらりくらりとかわし、1ヵ月後に白状しました。まあ親ですから、オレのやったことはお見通しでしたが。おふくろはオレの言葉を聞き終わるや、「じゃあ、新しい車を買うわ。お金は持ってるもん」と。