朧月夜の表現
夜遅くに宴が終わったあと、源氏はひそかに後宮の殿舎(でんしゃ)を訪ねました。
目当ては恋い慕う藤壺(ふじつぼ)の宮でしたが、戸は固く閉じていました。ところが弘徽殿(こきでん)の戸は開いていたのです。
思わずなかに入った源氏は、闇のなかを、むこうからやってくる女性の気配を感じ取ります。その女性こそ、朧月夜の君でした。
朧月夜は若く美しい声で、「朧月夜に似るものぞなき」と口ずさみながら、近づいて来るのでした。
この言葉は、『大江千里集(おおえのちさとしゅう)』にある「春の夜(よ)の朧月夜にしくものぞなき」という和歌の一節に由来しています。
「しくもの」というのは「およぶもの」という意味で、この場合は、およぶものはない、最高だという意味になる、漢詩的な言いまわしです。
朧月夜はそれを女性らしく「似るものぞなき」と、やわらかに言いかえていたのですが、もとは漢詩的な表現です。